-滞在記- 若手研究者等フェローシップ( 2021 年度)

2021年10月

はじめに、私の留学先であるモスクワの聖チーホン正教人文大学(ПСТГУ)について紹介したい。この大学は、正教神学やロシア宗教思想の分野では、ロシアで最も活発に研究・教育活動を行っている大学の一つであるが、日本ではロシア宗教思想の研究者以外にはまだほとんど知られていないようである。

ソ連時代には正教は弾圧されていたため、ПСТГУはソ連崩壊後に設立された。主に聖職者を目指す男性(正教では女性は聖職者になれない)のために作られている神学大学(Московская Духовная Академияなど)とは異なり、ПСТГУでは一般信徒や非正教徒でも神学教育を受けることができ、女性も多く学んでいる。同時に、聖職者養成のためのПравославный Свято-Тихоновский богословский институт (ПСТБИ) という機関も併設されている。学部は神学部のほかにも、教会芸術学部、聖歌学部、文学部、教育学部、史学部、情報・応用数学部など多岐にわたり、キャンパスはモスクワ中心部のЦветной бульвар駅とТретьяковская駅をはじめとして4つある。イタリアのカトリック大学から毎年交換留学生が数人来るのを除くと、留学生はかなり稀であり、日本人学生は私一人である。

現在、私は神学部の博士課程に在籍しているほか、追加で聖歌学部の社会人向け追加コースを履修している。聖歌学部の追加コースには聖歌コースと聖歌隊指揮者コースがあり、週6コマ(9時間)、各2年制である。私は2019年秋から履修していた聖歌コースを修了し、今年10月から聖歌隊指揮者コースに進むことになった。

このコースでは、聖歌をただ歌うだけでなく、教会スラヴ語の祈祷書の美しい読み方、楽譜のない祈祷文を八調と呼ばれる8つのメロディーに乗せて歌う方法、世俗音楽とは異なった教会音楽の指揮方法、新旧約聖書解釈、教会音楽の基礎となるソルフェージュ、教会スラヴ語の本を見ながら毎日順序の変わる複雑な礼拝内容を組み立てる方法(奉神礼学)などを詳しく学び、実践することができる。どれも毎回新たな発見があり、大変面白い授業である。私の研究テーマである正教祈祷書の翻訳研究に取り組むためにはこれらの知識も不可欠であるが、日本では学ぶことができない内容ばかりなので、正教の本場で学び、研究する意義を日々感じている。

聖歌隊指揮者コースの授業の一環として、教会で歌った際の写真

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