-滞在記- 若手研究者等フェローシップ( 2011 年度)

タルタースⅠ遺跡の発掘

ロシアの大学では6月から夏休みがはじまる。夏の休暇に人々は旅立ち、大学構内や研究都市であるアカデムガラドクに立ち並ぶ研究所の周辺では人影がまばらになってくる。しかし、フィールドで調査ができる季節が限られているロシアでは、考古学や地質学の学生や研究員は実地調査で忙しい季節を迎えることになる。

キャンプ遠景

考古学を専攻する私は、2011年10月にノヴォシビルスクに到着した後、間を置かずして研究所へ挨拶にうかがったのだが、その際「考古学者たるもの『働かざるもの、食うべからず』というでしょう」、と早々と来夏の調査参加が決まってしまった。 ところで、私が今回参加したのはノヴォシビルスク州の北西に位置するタルタースⅠ遺跡の発掘である。タルタースⅠ遺跡は道路建設に伴い発見された青銅器時代の墓葬群で、墓域の全体像を明らかにすべく現在まで調査が続けられている。この遺跡の調査に7月の約1ヶ月間、ノヴォシビルスク大学で考古学を専攻する1年生の班に加わる形で参加した。  7月2日早朝、人文学部の寮に集合しマイクロバスで出発。持ってくるものとして告げられたのは「暖かい服装と水着」という大まかな内容であったため、私は海外での調査で必要になってくるであろうものをそれなりに用意した。日本であれば発掘といえば作業着姿である。水着が必需品に入っている所でロシア的と思ったものの、ギターなどの楽器を手にして集まった学生、そして犬も一緒に集合しているのをみて、これがロシアの発掘なのだと実感した。

ところで、ロシア語で調査を意味する「エクスペディツィア」は、「学術探検隊」「遠征隊」などと日本語に訳されている。その訳語のためか、先人たちの苦労と努力からくるイメージからなのか、ロシアにおける発掘には、目的達成のために幾多の困難を乗り越えて隔絶した地に赴くというイメージをいだいていた。もちろん調査地によってはそのような厳しい生活条件をともなう場合もあるが、実際には短い夏を都市生活から離れた草原で存分に楽しむ場合も多いのである。ロシアの調査中の一日の生活は、 7:00に起床して朝食、その後遺跡へ歩いて出発。 9:00~12:00発掘。 13:00にキャンプへ戻り昼食、その後は午後の作業時間まで休息時間。 16:00~20:00発掘。 21:00にキャンプへ戻って夕食をとり、その後は自由時間。

キャンプ後方を流れる川

キャンプは遺跡からやや離れた位置にある川岸の茂みにそって設営されており、発掘で一汗かいては川で泳ぎ、食後にはまたひと泳ぎと、みな本当によく泳ぐ。ちなみに、タルタースⅠ遺跡のキャンプにはドラム缶を利用したバーニャもあるので、週に一度はバーニャで汗をかいては川へ飛び込みクールダウンを繰り返すこともできるというおまけつきである。2011年の冬は降雪量が少なかったため今年は川の水量が少なかったが、洗濯でも食事でも生活は川が中心であった。高緯度に位置していることに加えて遺跡の周囲には高い山がないため、夏の一日は日中が長く、昼食後の休憩には草原に寝袋を干しつつ日光浴や読書、23時近くなって夜が更けてくると焚火を囲んでおしゃべり、あるいは誰かが楽器を弾き始めると音楽会が始まるといったように、それぞれ自分のペースで夏の一日を楽しむのである。

調査風景

文化層検出のための表土剥ぎ

発掘の方はというと、西シベリアとはいえ強い夏の日差しをあびながらの作業では体力を消耗する。しかし、私にとって調査中最大の難関は体力よりも料理当番であった。食事は一日の中で大きな楽しみであるため、地面を掘って作った貯蔵庫に保管してある材料と相談しつつ質量ともに満足のゆくものを時間内に作らなければならない。

朝食:お粥。テーブルにパン、チーズとハムの盛り合わせ。 昼食と夕食:穀物やジャガイモの付け合せのある煮込み料理。サラダなど副菜数種類に果物かコンポート、プリニャークなどの食後のお茶のお菓子。

昼の食堂

夜の食堂

以上のように基本的なパターンはあるものの、ロシアの家庭料理を知らない私には数日前と重ならないように缶詰から献立が立てられないし、味付けもまた無理なのである。例えば、一番簡単に思える朝のお粥でも、砂糖で味付けすることにまず驚いたが、穀物の配合や「リンゴ添え」「ココア入り」など各家庭の好みを反映した味は想像を超えた多様さであった。早朝の準備から深夜の後片付けまで、私と料理当番に一緒にあたった学生は本当に大変であったと思う。 ロシアでのひと夏の調査はアンドロノヴォ文化に属する時期の墓葬の発掘を経験できるとともに、ロシアの学生がどのように考古学の発掘技術を学んでゆくのかといった点でも興味深いものであった。そして、タルタースⅠ遺跡でひと夏すごすことによって、夏が近づくと草原へ、広い平原へと呼ばれている気がするという研究者の気持ちの一端に触れたような気がした。

考古学徒入信式

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