-滞在記- 若手研究者等フェローシップ( 2020 年度)

エルミタージュ劇場で観たヤコプソン・バレエ:    梶彩子

2021年3月8日、「レオニード・ヤコプソン記念劇場エルミタージュの夕べ―春のコンサート」という公演に、ワガノワ・バレエ・アカデミー教授のオリガ・ローザノワ先生のご厚意で招待していただいた。会場となったエルミタージュ劇場は、もともとは皇帝一家と貴族のために作られた、全280席というこじんまりした劇場。双頭の鷲が描かれた幕やアポロンとミューズたちが並ぶ大理石のあしらわれた壁など、贅を凝らした内装が豪華である。国際婦人デーということもあってか、客席はほぼ満席だった。

エルミタージュ劇場の客席

筆者が研究しているレオニード・ヤコプソン(1904-1975)は、主にレニングラード(現在のサンクト・ペテルブルク)を拠点に活躍したバレエ振付家で、キーロフ劇場(現マリインスキー劇場)で『シュラレー』や『スパルタクス』といった作品を上演した後、自由に作品づくりに取り組める自分のバレエ団「舞踊ミニアチュール」を作った。1969年の設立以来、バレエ団は名称を変更しながら現在もペテルブルクで活動を続けており、『くるみ割り人形』等の古典作品をレパートリーにし、ロシア内外の振付家によるオリジナル作品も上演しつつ、頻度は決して多くないがヤコプソン作品の公演も行っている。今回はその数少ないヤコプソン作品が上演される機会で、まだマリインスキー劇場のレパートリー以外のヤコプソン作品を生の舞台で観たことがなかった筆者は非常に楽しみにしていた。公演は二部構成になっており、第一部はミハイル・フォーキン振付の『レ・シルフィード』、第二部はヤコプソンの6つの舞踊作品が上演された。 第一部の『レ・シルフィード』は、情感たっぷりに幻想の世界へ観客を誘った。技術的にも確かなレベルのダンサーが揃うバレエ団なだけあり、見ごたえがあった。目当ての第二部では、『恋人たち』、『ウィンナー・ワルツ』、『おしゃべり女』、『パ・ド・カトル』、『タリオーニの飛翔』、『パ・ド・ドゥ』の6作品が上演された。ヤコプソンは事前に振付を作り上げてから振り落とし(振付を伝えること)をするのではなく、リハーサルの中で、ダンサー一人一人の本人も知らないような思いがけない個性や長所を引き出しながら、即興で創作をするタイプの振付家で、振付自体も非常に細かい。そのため、ヤコプソンの死後、復元された作品においては、当初の振付の魅力が失われてしまうともしばしば言われてきた。しかし、実際に幕が上がると、それは杞憂であることがわかった。『恋人たち』と『ウィンナー・ワルツ』とは、それぞれ全くタイプの違うカップルを描いた楽しい小品。『おしゃべり女』という、女性たちが舞台全体を縦横無尽に小走りしながら生き生きと噂話をする作品は、ほとんどただのおしゃべりという単純な構成なのに、最後までじっと見入ってしまうおかしみがあった。『パ・ド・カトル』と『タリオーニの飛翔』は、ロマン主義バレエへのオマージュの傑作。『タリオーニの飛翔』では、シルフィード(空気の精)役で名を馳せたマリー・タリオーニを演じるバレリーナが、黒子のように黒い衣装に身を包んだ男性ダンサー4人に持ち上げられ、あたかも舞台の上を飛んでいるように見え、美しかった。4人の男性ダンサーは背景に溶けこみ、空想する詩人とその周りを飛ぶシルフィードが浮かび上がるという演出の妙である。公演を締めくくった『パ・ド・ドゥ』は、クラシック・バレエと新しい動きを融合させたネオ・クラシック作品で、男女のダンサーが踊りで会話しあうような、競い合うような構成になっていて、軽妙かつ華やかだった。例えば女性ダンサーが男性ダンサーの脚を登って肩に乗ったり、女性ダンサーが脚を後方に上げる(アラベスクのポーズをとる)と上げた脚を男性ダンサーが抱えて体ごと持ち上げるといった動きが斬新で、客席は大いに沸いた。

帰り道、同時代を生きた振付家イーゴリ・モイセーエフが公演後にヤコプソンにかけた言葉を思い出す。「リョーニャ(レオニードの愛称)、君は天才だ」。ヤコプソンほど自由自在な舞踊言語でバレエを作った振付家はかつていただろうか。回想録を読むと、念願のバレエ団創設からたった6年でこの世を去ってしまったヤコプソンの不遇を嘆き、失われてしまったオリジナル作品の数々を惜しむ悲痛な声が目を引く。ただ、今回実際に公演を観て、ヤコプソンの作品が今も踊り継がれていることを目の当たりにできたことは、筆者にとって大きな喜びであった。ダンサー各々が作品を自分のものにして踊っている様子や、その完成度の高さ、そして色褪せぬ作品の鮮やかさから、ヤコプソン作品は今もなお生きていると改めて確信した。どの作品も映像で何度も見たが、生で見る迫力や、客席との一体感は、実際に劇場に足を運ばないとわからない。そして上演され続けなければ、バレエはやがて消えてしまう。作品が今後も上演され、より多くの作品の復元が進むことを、さらにはいつか日本でもヤコプソン作品の上演が叶うことを心から願う。

日露青年交流センター Japan Russia Youth Exchange Center
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