日露青年招聘・派遣事業


2013年4月の日露首脳会談において、スポーツ分野における日露交流を発展させるために、2014年を「日露武道交流年」とすることが決まりました。武道という切り口での日露両国民の交流の活性化と相互理解促進を目的としており、本事業も日露武道交流年記念事業として実施されました。今回はロシア剣道連盟とモスクワの剣道クラブ「将軍会」の全面的な協力により、上智大学剣道部師範倉澤正先生以下24名の皆さんを派遣し、剣道を通じて活発な交流が行われました。

【日程】

1月 31日
 成田発(SU261)、夕刻モスクワ着
2月   1日
 剣道講習会、日露青年剣道家合同稽古(将軍クラブ)
          
 剣道講習会、日露青年剣道家合同稽古(ロシア剣道連盟本部道場)
2月   2日
 剣道講習会、日露青年剣道家合同稽古(将軍クラブ)
          
 剣道大会の後、さよならパーティー
2月   3日
 モスクワ市内視察(救世主キリスト大聖堂、クレムリン内武器庫博物館見学、赤の広場と周辺見学)
          
 日露青年剣道家合同稽古(将軍クラブ)
2月   4日
 モスクワ市内視察(オスタンキノテレビ塔、全ロシア博覧センター見学、スペースミュージアム)
          
 日露青年剣道家合同稽古(将軍クラブ)

2月   5日
 トレチャコフ美術館見学
          
 モスクワ発(SU264) 
2月   6日
 成田着

活動内容については、上智大学体育会剣道部主将山崎鴻さんのレポートをご覧下さい。
■1月31日

当日は交通機関の乱れなどは一切なく、成田空港集合に関して問題はなかった。
しかし荷物を預ける際、竹刀が超過荷物となり超過料金を支払った。出発前、超過料金については承知しており、対策を練ってきたが、この問題を解決することはできなかった。

モスクワに到着し荷物をピックアップした後、ロシア側マネージャー、アンナ・コバルチュク様(将軍会)と携帯電話で連絡をとりあい、空港からホテルまでバスで移動し、荷物を置き夕食を取りに外出した。現地時間23:00に全員就寝した。

■2月1日

朝食は毎日ホテル内で済ませた。ビュッフェ形式であり、各自が7:00~8:30の間に済ませた。メトロで移動し、初日の稽古は小学校の体育館で行われた。100名近い人数が集まったことに驚愕した。

稽古は基本的な動きを倉澤師範の指導の下確認した後、一時間ほど互角稽古を行った。互角稽古とはお互いで実践的な打ち合いをする稽古であり、試合に最も近い稽古である。

午後は将軍会の道場で行うため、午前の稽古後メトロで移動した。
昼食は将軍会の近所の丸亀製麺でとった。ここでは日本と変わりないクオリティのメニューがあり、モスクワ内では最もリーズナブルなレストランであったと感じた。

午後の稽古ではバスケットボールを用いた稽古法を行った。二人一組になり、片方がバスケットボールを投げ、もう片方が竹刀で打ち落とすものだ。これは国内でもあまり見かけない稽古法である。そのため全員が同じレベルに立ったため、日本サイドとロシアサイドに関係なく、お互いに有効な方法を相談し合いながら稽古することにより交友が深まった。

稽古後将軍会の近くのレストランに行き、夕食をとった。ここでは主にビーフストロガノフを堪能した。夕食後メトロでホテルに戻り、23:30に到着した。


■2月2日

午前中は前日と同じような稽古が行われ、午後には将軍会剣道大会が開かれた。
主に日本人とロシア人が通しで対戦した。男子と女子それぞれ日本人5名、ロシア人5名、優秀審判3人が表彰された。ロシア人剣道家は全体的に身体能力が高く圧倒された。しかし武道は相手との駆け引きによって勝敗が決するため、身体能力が実力に完全に比例しない。体の小さい選手や女性の選手でも相手を打ち負かすことが出来る。ロシアには体が小さく実力のある選手が少ないため、そのような面で驚きを感じたそうだ。


試合の様子

表彰時の様子



さよならパーティーの様子

試合終了後レストランに移動しさよならパーティーに参加した。 料理を楽しみながら各々が友好の輪を広げた。さよならパーティー終了後24:00にホテルに戻った。


■2月3日

三日目は朝から夕方にかけてモスクワ市内を視察した。クレムリン、美術館を視察したが、美術館は撮影禁止のため記録できなかった。日本と違い土地が広いため、建物に高さがなく平面的な建物が多かった。メトロ駅構内、公道などいたるところに銅像等芸術作品が見て取れ、また日本と違い壁や柱が彫刻で飾られているものが多かった。


ロシア正教寺院

赤の広場



稽古は19:30~21:00まで行われた。前日の試合の反省をもとにした内容であった。この数回の稽古の間で確実にレベルアップしていたことに気付いた。剣道に対して真摯に向きあい素直に指導を聞くことにより、上達が早いと感じた。 稽古終了後近くのスーパーマーケットで買い物を済ませ、22:30にホテルに到着し、夕飯はホテル内で各々がとった。

■2月4日

この日も前日同様のスケジュールで進んだ。初めにテレビ塔を見学した。バスによる移動であったが、ここではメトロと同じチケットを使用することができ、日本と同じであった。テレビ塔はかなりの高さがあるが、東京スカイツリーと違うのは鉄筋コンクリートで建てられているところだ。デザインも繊細さよりも大胆さが先行していた。
展望台まで登ったが、あいにくの天気で曇ってしまい景色を眺めることはできなかった。しかしその高さだけは感じることが出来た。

バスの様子

昼食を挟み、宇宙博物館を視察した。ここでは館内撮影が有料であったため写真の記録は残すことが出来なかった。かつて宇宙開発においてアメリカと二強を担っていたロシアの博物館は、日本では見ることのできないものばかりで非常に興味深かった。

視察終了後、将軍会にて休憩をとり最後の稽古を行った。主に倉澤師範による技の稽古をした。平日にも関わらず多くの剣士が集まった。このころには全員が打ち解けており、道場内に国境は全く存在しないように感じた。夕飯は前日と同様にホテルでとることにし、23:00にホテルに到着した。



オスタンキノテレビ塔

ガイドによる案内

宇宙博物館にて



■2月5日

最終日はフライトの時間までモスクワ市内を視察した。
午前中にトレチャコフ美術館に行き、午後はアルバート通りを散策した。美術館内は撮影禁止のため記録を残すことが出来なかった。美術館は絵画が主であり、誰もが見たことがあるであろうものが数多くあり、非常に貴重なものの集まりであった。

アルバート通りでは観光客向けの多くお土産屋が見られた。ソチオリンピックもあることから、五輪について外国人向けの取材を受けた団員もいた。一通り視察したのち、アエロエクスプレスで空港へ向かった。また荷物を預ける際に超過荷物が出てしまい100ユーロ支払った。アエロフロートに勤めている剣道家が同行してくれ交渉してもらったが、テロの影響から警備等が厳しくなっており、交渉には応じてもらえなかった。 離陸は時間通りであり、到着も遅れることはなかった。出国、入国ともにスムースに出来、荷物のピックアップも問題なく、ロストバゲージもなかった。


トレチャコフ美術館

アルバート通り


■総評

本事業は主に剣道を通じて行われ、武道交流年の意味を理解し、少なからず確実に日露友好に貢献することが出来た。我々25名の団員の中に完璧なロシア語を話せるものはおらず、またロシアサイドにも日本語が完全に話せる人がいなかった。しかし我々は文化交流をし、皆が友人となった。これは剣道という武道がコミュニケーションツールとして働いたからである。特に剣道は相手と対峙し心の駆け引きをし合う武道である。相手と竹刀を交えることによりお互いを知り、コミュニケートできた。また剣道という共通目標があることからお互いを尊重し合うこともできた。互いに国籍が違うと、言語はもちろん、文化意識も全く違う。故に交流をとることが難しく、多くの日本人が海外交流に対して積極的になれない。しかし剣道をはじめ武道やスポーツという共通のフィールドにお互いが立つことにより交流は容易になる。なぜなら武道やスポーツはコミュニケーションツールであるからである。このことから武道を通じ日露の関係をより良いものにしようと試みた日露武道交流年は非常に有効なものであると感じる。これからの日露友好を目標とする活動が活発になり、本事業に参加した者がロシアサイドとコネクションを持ち続け、その活動のリーダーとなることを私は期待したい。また関係者のご協力なくしては本事業成功をおさめることはできませんでした。尽力をくださったすべての方々に深く御礼申し上げます。


二日目の全体写真


無題ドキュメント